t「水道法」の意義と、批判への反論
2018年12月17日
はじめに
先日、今年の漢字一文字が発表されました。「災」。たしかに本年は災害続きで、私の地元大阪でも、7月豪雨に続いて、大阪北部地震、台風21号など災害が相次ぎ、私自身も被災者の一人となりました。
そんな中、災害による生活インフラの寸断も大きな問題となりました。その一つが、「断水」です。都市化が早かった大阪などの都市部では、地中に埋まった水道管が、耐用年数である40年を超えているところが多数あります。全国でも15%が耐用年数を超えており、大阪の場合はその倍、3割が耐用年数越えとなっています。
こうした老朽化した水道管のある地域に地震が発生すれば、たちまち「断水」となる可能性が高まります。事実、今回の大阪北部地震による断水は、9万戸にも及びました。
国、自治体では、こうした老朽化した水道管の更新、耐震化を進めようとしています。しかし、今のペースでいくと、すべての修繕に130年以上かかるといわれています。
その理由に、水道事業の経営の厳しさにあります。水道管を含めて多くの施設設備が必要にもかかわらず、人口減少にともなって利用者が減ってきています。とりわけ、地方の小規模な自治体では、経営を維持していくことが困難になってきています。また人員不足などから、水道管を含めた施設の台帳作成や管理が、きちんと行われていないところもあります。つまり、老朽化といっても、その詳細把握も困難な状況におちいっているんです。
「民営化」だけじゃない
そこで、政府において検討を進めた結果が、今回の「水道法改正法案」です。
テレビをみていると、「民営化」ばかりに焦点があたって報道がなされているように感じますが、この法案の中身はもっと広く、さまざまな対策が盛り込まれています。後ほど「民営化」議論の誤解について説明しますが、その前に法案の全体について少し触れます。
たとえば、水道事業の広域化です。現在、市町村の数は1741(平成30年10月1日)に対して、いま全国の水道事業者の数は6,000を超えています。つまり多くの水道事業は、小規模な簡易水道事業者です。小さい単位でやれば、当然、固定費用もかかり、費用は割高になります。小規模であるがゆえに、さまざまな状況にも対応できません。
今回の法案では、国が広域連携を推進していくことになりました。広域連携ができるような協議会も設置や、そのための基本方針を策定し、都道府県では水道基盤強化計画を策定することになります。つまり、小規模水道事業の大胆な連携をめざすものです。
また、これまでは水道施設の管理のための台帳を作成したりできていない、保管が適切でないなどのところもありました。今回の法案では、こうした水道施設の資産管理について、一定の基準を満たすことを義務付けます。台帳を作成、保管し、そして費用の収支を作成公表することを規定しています。
実は民主党政権が導入した「民営化」
こうした様々な取り組みの一つとして、「官民連携」、いわゆる「コンセッション方式」が、今回の法案に盛り込まれています。ここを、一部野党やメディアが批判しました。「命を守る水が、外資にのっとられる!」「水道料金が高騰し、水質が悪化する!」
しかしこれらは、間違った認識にもとづく批判です。
そもそもの話ですが、今回、「民営化だ!」と批判されている「官民連携」については、実は民主党政権下によって、すでに導入されたものなんです。つまり、今回の法律がなくても、民間が運営することは可能であって、これは2011年、民主党政権が改正した「PFI法」のおかげです。「官民連携」の生みの親であるにもかかわらず、立場が変わったから今回は、「民営化反対!」とは、まったく理屈が通らないのではないでしょうか。
「民営化」を厳しくする法案
では、当時の民主党のおかげで、すでに「官民連携」が可能となった、「コンセッション方式」が可能となりましたが、なぜ今回の法律でまた取り上げるのでしょうか。それは、改正PFI法だけでは、民間にゆだねる部分が大きすぎる、との懸念があったからです。命にかかわる水の安全と安心のためには、もうすこし「公」の関与を大きくすべきではないか。国や地方自治体が、水道料金や水質をチェックする体制が必要なのではないか。具体的には、後ほど説明いたしますが、こうした規制を新たに措置したのが今回の法律です。
つまり、「規制を緩めて民営化」との批判は全く逆で、むしろいまの「民営化」に対して「公」の関与を高める規制を数々導入してものであるはずなのに、残念ながら、180度逆の印象を与えるような批判が繰り返されています。
そもそも「民営化」とは?
さらに言えば、法律上可能なのは「コンセッション方式(官民連携)」であって、所有権も民間にわたしてしまう「完全民営化」は、できません。
これまで、あえて「民営化」とカギかっこ付きで書いてきました。それは、「民営化」にも大きな幅があるからです。運営権から所有権まで、すべてを民間にわたしてしまう民有民営の「完全民営化」。所有権は「公」が持つが経営だけ民間に任せる「コンセッション方式」。技術的な一部の業務だけ切り出して民間に業務委託する「第三者委託」など。「民営化」といっても、非常に幅広い概念を含んでいます。
繰り返しますが、今回の「コンセッション方式」は、水道の所有者が民間にかわるわけではありません。水道事業は、今後もあくまで市町村がオーナーです。民間事業者は、オーナーの下で働く、「雇われ社長」といった位置づけにあります。
水道法批判の中では、しばしば英国の例がとりあげられました。英国は1989年から水道事業の「民営化」をすすめました。外国人投資家が会社の株の75%を保有した結果、本来なら設備の改善や水道料金値下げに回されるべき資金が、投資家への配当や高額な役員報酬に回っている、との批判です。
勘のよい方なら、すぐにお気づきになったでしょう。「株」という時点で、実はこれは「コンセッション方式」ではありません。所有権までも民間にわたしてしまう、「完全民営化」の形態です。我が国の水道法の改正でも、水道事業の「完全民営化」は、認められていません。英国の例を我が国と比較することは、まったく適切ではありません。
しかもあえて言うなら、たとえ「完全民営化」が認められるとしても、大事なことはルール作りです。これまでわが国でも、「完全民営化」を行ってきた国の重要インフラがあります。鉄道であったり、電力であったり、ガスであったり。でも、JRも、電力会社もガス会社も、外資に乗っ取られていません。「完全民営化」ですら、いろんな規制やルールがあるので、外資が乗っ取るようなことにはなりません。
市町村に認可権限を残す
それでは、「公」の関与を強めるという、具体的な内容についてご説明いたします。
そのひとつは、「水道事業の認可」です。これまで、改正PFI法に基づいて水道事業のコンセッションを行うには、市町村が有していた「水道事業免許」は、国に返上しなければいけません。そのうえで、民間事業者が新たな認可をとる必要があります。
しかしこれでは、万が一の不測の事態があったとき、市町村は当事者となりません。そういう事態でも市町村が責任をもち、対応してもらうためには、市町村の水道事業の認可を残したままにしなければなりません。つまり、これまでは市町村に与えられていた認可をコンセッション後もしっかりと残すことで、水道事業の運営に責任を持ってもらうように法改正を行いました。
水道料金の高騰を防ぐ仕組み
そもそも、今回の「コンセッション方式」は、「できる」というだけで、市町村が選ぶことができる「選択肢の一つ」でしかありません。市町村が今後も経営の主体であり続けることもできるし、水質検査やメーター検針など、一部業務だけを切り出して、民間に委託することもできます。水道事業のありかたは、従来とかわらず、各自治体が幅広い選択肢から決めることができます。
この「自治体が決める」とは、役所が勝手に決められるものではありません。その決定には、地方議会の議決を必要としています。これを、「運営権設定」の議決といいます。そこでは、事業者に課すべき経営方針をさまざま決めておくことができます。たとえば水道料金について、上限などの水道料金の範囲を決めて、高騰を防ぐことができます。民間事業者の行う運営基準や業務範囲についても、議会が条例で定めることになります。つまり「コンセッション方式」では、水道料金も経営の方針も、その多くは民間事業者が勝手に決められるものではありません。
水の安全を守る仕組み
今回は、「国」の関与も強めました。地方議会で議決する「運営権設定」に対しては、「厚労大臣」の許可も併せて必要となるよう、従来から規制を強化しました。
この「公」の関与の強化については、コンセッションを開始した後でも、変わりません。自治体は引き続き、住民の皆様に提供される水の水質について、しっかりとモニタリングを行うこととなっています。国は、事業者に対して立ち入り検査も行います。改善が必要となれば、さらなる報告や実地調査も行います。それでも改善がなされない場合は、運営権を取り消し、市町村が水道事業を引き受けられるような制度が、最初からきちんとビルドインされているんです。
つまり、今まで以上に、「公」の関与を拡大し、水の安全を守ろうというのが、今回の法律の趣旨であり、「規制緩和して、外資に水道事業を売り飛ばす」という批判は、まったく180度逆だとあらためて申し上げます。
世界の動向
法案に反対される方々は、世界の動向をこう指摘されます。「世界は、民営化に失敗し、再公営化にむかっているじゃないか」。しかしこれも、事実誤認です。先ほどの英国の例は、規制が緩い中で民有民営の、「完全民営化」に踏み切ったことが失敗の原因でした。もう一つ、事例でよく取り上げられるフランスの例です。
フランスの場合は、所有権は自治体が有するという、日本と同じ「コンセッション方式」を採用してきました。これまで、フランスの水道事業の6~7割がコンセッションに移管しました。中には、コンセッションが失敗したとの評価を受ける事例もあることは事実です。しかし、「失敗して再公営化」が流れになっているかといえば、そうではありません。
1998年~2011年の間で契約された公設民営の水道事業者のうち、97%は契約を更新しています。つまり、「コンセッション方式」が、うまく機能しているんです。更新しなかったのは3%であり、決して「コンセッション方式」から再公営化が世界の流れではありません。
失敗事例の研究
国会審議の中で、「政府は、3例しか民営化の失敗事例を研究していないじゃないか!」という指摘もありました。しかし、これも、事実誤認です。会議で配った資料に3例しか失敗事例を載せていなかっただけで、実際は数多くの事例にあたっています。
たとえば、ベルリンやインディアナポリス、クアラルンプールなどでは、水道料金が高騰しました。しかしこれは、申し上げたように、自治体が料金の枠組みを定めることで避けることができます。厚労大臣も、水道料金が適切に設定されているか確認をすることとなっており、水道料金が高騰しないような制度設計となっています。
また、アトランタやダルエスサラームなどの水質が悪化した事例、ブエノスアイレスなどでは約束された設備投資が行われなかった事例などがあります。これらについても、日本では自治体が水質をモニタリングする制度となっています。また、国が報告徴収や立ち入り検査も行えるようになっています。業務経理の実施状況についても、同様です。よって、こうした世界の事例がおこらないよう、今回の法案では様々な措置を取り入れています。
日本の失敗事例?
最後に、「松山市が外国企業に委託したことで、水道料金が値上がりした!」についても、反論しておきます。
松山市は平成16年度から一部事業の民間委託を行っています。その中でヴェオリア社に委託したのは平成19年4月から。これはあくまで業務委託であり、「浄水場の運転や設備の保守」といった一部事業を切り出して委託するものです。つまり、所有権はもちろん、水道事業の運営自体も、民間事業者ではなく松山市がずっと行ってきました。
水道料金が上がった理由は全く別に理由があります。同市の一部地域の水道は、小規模で行っていた簡易水道から、大規模の上水道に統合したそうです。それが平成23年度。統合したことで、料金の高かった他地域にあわせるために、平成28年度まで段階的に水道料金を引き上げていったそうです。これが、水道料金が上がった理由です。外資に委託しているからではありません。そもそも、一部業務の委託開始は平成19年度からなので、水道料金が値上がりしていった時期とも、あっていません。
この事実誤認を認めた朝日放送では、番組において後日、きちんと訂正とお詫びがなされたことも、書き加えておきます。
まとめ
日本の災害は、質、量ともに、大きく変わりつつある気がします。南海トラフ地震も、今後20~30年間の間で発生する確率は80%と言われています。そんな中で、耐震化がなされていない老朽化した水道管を、このまま放置するわけにはいきません。いまの状況では、すべて修繕するのに、130年もかかってしまいます。
こうした状況のなかで、水道事業を一から見直そうとの思いで、今回の法律をつくりあげました。残念ながら国会では、間違った認識によって議論が大きくゆがめられたのではないかと思います。あるいは、民主党政権時代、自分たちが「コンセッション方式」を導入したと知りながら、また今回はより厳しく規制する法案であると理解しながらも、180度逆の批判を繰り返す議論には、いささかの悪意すら感じてしまいます。
とはいっても、国民の皆様に理解をして頂くのは、そこは政府与党の責任でもあります。今後も、引き続き皆様への説明責任を果たしてまいりたいと思います。
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