e集団的自衛権論議の論点
- 2014.05.19
- 情勢/解説
公明新聞:2014年5月18日(日)付
安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は15日、集団的自衛権の限定的な行使の容認などを求める報告書を政府に提出。安倍首相が記者会見し、政府としての検討の進め方をまとめた「基本的方向性」を示しました。その主な論点を解説します。
政府検討の方向性
現行の憲法解釈内で立法措置を検討
安倍首相は「憲法が掲げる平和主義はこれからも守り抜く」と述べ、検討の方向性を示しました。ポイントは三つあります。
一つ目は、武力の行使は自らの国を守る必要最小限度に限るとした今の憲法解釈を変えずに済む問題について、立法措置を検討するとした点です。漁民を装った武装集団が離島に上陸するといった「武力攻撃に至らない侵害」(グレーゾーン事態)や、国連平和維持活動(PKO)など国連の集団安全保障措置に関わる問題が想定されます。これらは、武力行使が認められる自衛権の問題とは直接、関係ありません。
二つ目は、自衛権をめぐる憲法解釈についてです。政府は、自国が攻撃された際に反撃する個別的自衛権の行使は認めていますが、自国と密接な関係にある他国が攻撃された際にも反撃する集団的自衛権の行使は認めていません。
この点、報告書は「個別的か集団的かを問わず自衛のための武力の行使は禁じられていない」との考え方を示しましたが、安倍首相は従来の政府の憲法解釈とは論理的に整合しないため、「採用できない」と明言しました。報告書が「憲法上の制約はない」と容認した国連決議に基づく多国籍軍への参加も否定しました。
三つ目は、わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある場合に限り、集団的自衛権の行使を認める「限定容認論」についてです。報告書のこの提言について、安倍首相は「研究を進めていきたい」と応じました。
今後の与党協議について安倍首相は、「協議の結果に基づき、憲法解釈の変更が必要と判断されれば、この点を含めて、改正すべき法制の基本的方向を閣議決定していく」との方針を示しています。
グレーゾーン
本来は警察権行使で対応可能な事態
安保法制懇の報告書では、武力攻撃には至らないものの、日本の主権を侵害する恐れがある事態、いわゆる「グレーゾーン事態」について、法整備をするよう提言しています。
具体的な事例としては、漁民に偽装した武装集団が離島に上陸した場合などが想定されています。
日本は、現行法制上、他国から組織的・計画的な武力攻撃を受けない限り、個別的自衛権の発動はできません。このため、武力攻撃に至らない侵害が発生し、相手の武器が強力で海上保安庁や警察では対処できない事態に陥ってしまったときの態勢整備が論点になります。
現行法制では、事態への対処が警察機関では手に負えない場合、所定の手続きを経た上で、陸上であれば「治安出動」、海上であれば「海上警備行動」が発令され、自衛隊が警察権に基づいて補完的な役割を果たします。
しかし、自衛隊が対応するための手続きを行っている間に状況が悪化し、とり返しのつかない事態に陥る可能性も指摘されています。こうした運用面での問題を改善し、警察組織の対応から自衛隊の補完的な活動までをシームレス(切れ目がない状態)につなげる必要があります。
治安出動については、これまで一度も発令されたことはありません。一方で、海上警備行動は過去に3回発令されています。そのうちの一つが1999年に発生した、漁船に偽装した不審船(北朝鮮船と推定)が能登半島沖で見つかった事件です。この時は、不審船を停船させられず取り逃がした経緯があり、シームレスな対応の必要性を訴える根拠になっています。
集団安全保障
「駆け付け警護」は自衛権の問題なのか
国連は、武力紛争が終わり停戦協定ができた後に、国連の権威の下に停戦を監視する平和維持活動(PKO)を行っています。停戦監視によって武力紛争の再発を防止し、紛争当事者間の平和交渉を裏から支えるPKOは、多くの実績を上げ88年にはノーベル平和賞を受賞しました。
日本でも国会審議を通してPKOへの理解が進み、海外での武力行使を禁じた憲法の範囲内で自衛隊を派遣するためのPKO協力法が成立しています。
首相は会見で、自衛隊と離れた場所で活動する国連の文民要員などが攻撃を受けて救援を求めてきた場合、日本の自衛隊が駆け付けて助ける、いわゆる「駆け付け警護」について検討する考えを示しています。
これに対して公明党の北側一雄副代表は、「PKOは武力行使を目的とした多国籍軍とは違い停戦合意後に紛争当事国の同意の下で行われる」とし、「自衛隊がPKOで文民要員などを守ることは自衛権の問題にはならないと整理できると思う」と述べています。
一方、安保法制懇は政府が自衛隊の参加を認めてこなかった武力行使を伴う国連の集団安全保障について、湾岸戦争などのケースで多国籍軍のような活動に参加し、必要な貢献をできるようにしなければならないとしています。国連の集団安全保障は、ある加盟国や加盟国以外の国が、加盟国に対し武力侵略を行った場合、国連軍が侵略国を武力制裁する制度です。
しかし、これについて安倍首相は「これまでの政府の憲法解釈とは論理的に整合しない」とした上で「政府として採用できない」と否定。「(自衛隊が)湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは決してない」と述べました。
限定的行使容認論
「行使できない」との従来解釈は妥当
集団的自衛権とは、自国と密接な関係がある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず実力で阻止する権利です。一方、自国に対する武力攻撃を自力で排除する権利が個別的自衛権です。
国連憲章は加盟国に集団的、個別的自衛権を認めていますが、日本国憲法は第9条で「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めており、政府は、集団的自衛権を「国際法上保有するが、憲法上行使できない」との憲法解釈を固めてきました。
安保法制懇は、日本を取り巻く安全保障環境の変化を指摘した上で、「わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性」があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方を示し、安倍首相は、政府として研究を進める考えを示しました。
公明党は、集団的自衛権の行使を認めない「従来の政府の憲法解釈は妥当」(山口那津男代表)と考えています。まずは安全保障の観点から、具体的・現実的な事例をもとに議論する必要がありますが、その上で「従来の政府解釈の中で、何ができるかを議論するのが順序」(北側副代表)です。
仮に、限定的であれ、憲法解釈の変更を検討する場合は、従来の解釈との論理的な整合性が確保されなければいけません。政権が代わるたびに「憲法解釈が変わるようでは法的安定性は保たれない」(同)からです。
これまでの憲法解釈は、平和主義を守り抜くための"歯止め"の役割を担ってきました。「憲法9条の規範性」や「法的安定性」の観点から、与党内で慎重に議論を進めつつ、国会での論戦などを通じて国民の理解を深めていく必要があります。