e安保法制閣議決定~その意義と今後の展望~

  • 2014.07.14
  • 情勢/解説

公明新聞:2014年7月12日(土)付



熊本県立大学理事長 神戸大学名誉教授 五百旗頭 真氏に聞く



安全保障法制整備に関する政府の新見解が閣議決定された。その意義や今後の展望などについて、熊本県立大学の五百旗頭真理事長(神戸大学名誉教授、前・防衛大学校長)に聞いた。=聞き手は編集委員・峠淳次

今なぜ自衛権強化か

冷戦終結四半世紀 変容する東アジア安保情勢


大状況として重要なのは、冷戦期とは安全保障環境が根本的に変容したことだ。とりわけ、東アジアにおける安保情勢の著しい変化を"見ぬふり"するわけにはいかない。

米ソ両超大国が世界秩序を統轄していた冷戦時代は、ある意味、非常に安定した時代だった。両大国は自らの立場を失いかねない大戦争はしたくない。地域的なゴタゴタも両大国の下で良くも悪くも監視された。東アジアもこの構造の下、括弧付きの「安定」を維持していた。日本も安全保障面でさほど心配する必要はなかったし、従って安保法制で検討を急ぐ必要性もなかった。

ところが、冷戦が終わって四半世紀。ソ連が崩壊し、米国の睨みも相対的に緩んだ中、東アジアにあっては中国の台頭が経済面だけでなく軍事面でも非常に著しく、北朝鮮のように核とミサイルを誇示する国もある。いわば、ご近所が随分、騒がしくなってきているわけで、仮にお隣さんが"暴走"したらどうなるか。残念ながら日本が自力だけで自国を守れないことは明らかだ。核とミサイルを振りかざす北朝鮮の"火遊び"ですらも抑えられないだろう。

つまり、安全保障に関し、日本が二度と侵略戦争をしないという戦後日本型の発想では対処できない事態を迎えているということ。この点が今回の安保法制整備の第一のポイントだ。

では、この"変わる東アジアと世界"にどう対処すべきか。やはり長年にわたり同盟関係を育んできたアメリカなしに日本の安全は確保できない。核を含む大きな軍事的挑戦に対応できる国は、世界に米国のみだ。「日米は日本と日本の領土を守る上で不可分である」との体制を一層強化することによって、日本を狙う国に自制を促す。そのための自衛権強化ということだ。これが今回の問題を理解する上での第二のポイントである。

新見解をどう見るか

厳格な歯止め 息づく戦後日本の平和精神

その意味で、今回の閣議決定の中身は妥当なところに落ち着いたように思う。日本の安全と地域の平和を維持するためにプラスになることは間違いないだろう。

武力行使の容認について、日本の安全が厳しく脅かされ、「明白な危険がある場合」と厳格な網をかけたことには、戦後日本が一貫して築いてきた平和主義の伝統を尊重する姿勢が示されているといえよう。

どれだけ経済大国になっても、戦後日本は基本的には他国に優しい国として発展してきた。

ODA(政府開発援助)を通して多くの途上国を支援してきたし、自衛隊を派遣したカンボジア、東ティモールやイラクでも、平和回復を復興支援を通して全力で支えてきた。自衛隊をイラクに派遣した時、隊員たちは地域の人々にきれいな水を提供し、学校を再建し、病院を作りと、誰もが望むことを実に献身的に行動に移し、地元の人々の信頼を勝ち取った。

こういうODAとPKO(国連平和維持活動)にまたがる努力は、戦後日本が築いてきたすばらしい資産である。今回の閣議決定には、自民党と公明党の折衝を通して「自衛権発動の新3要件」が盛り込まれた。

この厳格な要件は、軍隊を英知をもって限定的に用いる考え方の伝統を踏まえるものであるが、同時にそこには、戦後日本が大事にしてきた平和を愛する精神がつきることなく息づいているように感じられる。粗暴な軍事行動の東アジアでの拡大を抑制するために、厳しい対応が必要な今日であるが、だからといって日米が粗暴になってはいけない。戦後日本の平和的な、人にやさしい生き方はブランドであり、大事にし続けるべきだ。

戦争への道?

幼稚な「蟻 の一穴」論 現実見据えた政治こそ

今回の措置に関して、「これ一つをやったらどこまででも拡大し、戦争の道へと進む」と、いわゆる「蟻の一穴」論を囁く人もいるが、幼稚な議論であり、外交観、政治観の未熟さを自ら露呈しているようなものだ。

そもそも個別的自衛権と集団的自衛権はどこの国にもあり、しかも行使する、しないは自由だ。自らの国益と世界観に立って決めればよい。

例えば、ドイツは冷戦後、アフガニスタンに「テロとの戦い」ということで軍隊を比較的、安全なアフガン北部に派遣した。これに対し、アメリカは「戦闘地域である南部に派遣を」と強く要請したが、ドイツは受け入れなかった。派遣にあたって国内で議論を尽くし、派遣目的は戦闘ではなく、復興支援と治安確保であると決めていたからだ。これが独立した一国の外交の常道だ。何事も憲法に縛られないと対処を決められず、思考停止状態になるようでは、到底大人とは言えない。

「解釈改憲」として必要以上に批判する態度にも同じことが言えよう。

なるほど、きちんと憲法改正した方がすっきりはするだろう。しかし、実際にはそれができないことは皆、分かっている。多くの国がするように、「修正第何条」といったやり方で憲法改正手続きを進められるならいいが、日本の改憲手続きは非常に敷居が高くてそれができない。となると、現実的には政府がリードし、そして国権の最高機関である国会が立法などによって空白部分や修正が必要な部分を埋めていくしかない。

その最初のものが冷戦終結後のPKO協力法だった。湾岸戦争で日本は金儲けばかりして世界秩序を守るため何もしないと批判を受けた。そこで、130億ドルもの財政支援をしたが、国際社会から「汗をかかない」「血を流さない」とサンドバッグのように叩かれた。そんな中、「世界の中の日本」として国際貢献に汗を流すことを当時の宮沢首相が決断し、国会で議論し、ついには法制化して、戦後初めて自衛隊をカンボジアPKOに海外派遣した。まさに憲法の空白部分を政治の責任で埋めた典型的な事例である。

このように、事実上、憲法を変えられないなら、国にとって必要な場合、通常の法手続きで変えていかざるを得ない。というより、それは国権の最高機関が担うべき当然の仕事のはずだ。国民の生存と福利を守るため、国は憲法が実態と合わなくなる場合にも生きる方途を見出さねばならない。憲法を抱いて死ぬ選択を国は行ってはならない。

公明党評価

複雑な政治状況下 堅実に議論をリード

今回の閣議決定に果たした公明党の役割についても言及したい。

一強多弱の感のある現在の政治状況だが、その内実はかなり複雑だ。今回の問題でも、野党第一党の民主党の中にも賛成、反対があるし、他の野党も共産党や社民党のように強く反対するところがある一方、維新の会やみんなの党などは自民党より強硬だ。保守政党が安全保障を強化しようとしたら、野党が一斉にブレーキを踏むという、かつての構図は今はない。

そういう中で、自民党と連立を組む公明党が野党全体の役割を代行した感が深かった。戦後日本の伝統である平和重視を体して、政府が不用意に跳躍するのをチェックしつつ、難しくなった安全保障環境に日本が堅実に対処するようリードしたと思う。

危機の時代の中で

"懐深い外交"の展開を

閣議決定がなされた今、次の課題は関係法の改正など細部を具体的に詰めていくことに移った。まずは、現実に問題が発生しているのに十分に法整備がされていないために対応できないところ、すなわちグレーゾーン問題にしっかりと答えを出すことだろう。

さらにもう一つ、今秋に予定されている日米ガイドラインの見直しが極めて重要だ。日本周辺の安全について日米が不可分であることを制度的に明確化し、尖閣諸島についても「変な手出しはできないな」と思わせなければならない。

その意味で、アジアで力を高めた中国にその行使の自制を強く求めつつ、より大きくは中国との協力関係を再構築することが、アジア太平洋の平和のため、そして日本の21世紀の安全な航海のため不可欠だ。危機の時代にあって、このような懐の深い外交対処を公明党が支え、推進されることを、私は期待している。

いおきべ まこと 1943年兵庫県生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。神戸大学大学院教授、日本政治学会理事長など歴任。文化功労者。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。2011年4月に創設された東日本大震災復興構想会議の議長を務めた。
いおきべ まこと
1943年兵庫県生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了。神戸大学大学院教授、日本政治学会理事長など歴任。文化功労者。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。2011年4月に創設された東日本大震災復興構想会議の議長を務めた。

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