e無戸籍者の救済早く
- 2015.09.07
- 情勢/社会
公明新聞:2015年9月5日(土)付
実態把握、民法見直しを
推定数千人
DV、離婚の増加が要因
親の事情で出生届が出されず、無戸籍となっている人たちがいる。住民票も作成されないため、進学や就職、契約などの際にさまざまな困難を伴う。現在、法務省が把握する無戸籍者は全国で623人だが、専門家は「氷山の一角」と指摘する。生まれながらにして「行政の網」から抜け落ちてしまった無戸籍者の現状を追った。
「あんな、クミちゃん。修学旅行、行けへんねん」。滋賀県に住む坂上クミさん(仮名、24歳)が自分に戸籍がないと知ったのは2007年、海外への修学旅行を控えた16歳の元旦だった。戸籍がなければパスポートを取得できない。母から衝撃の事実が告げられた。
その3日後、クミさんは県のパスポートセンターで記者会見の求めに応じた。「戸籍がなくても海外での修学旅行に行きたい」との女子高生の切実な訴えは、社会の注目を集めた。「なんでこんな目に遭わなあかんのやろ」。当時のノートには、マスコミからの取材予定や、何も分からない所から必死に調べた無戸籍問題についての書き込み、新聞記事の切り抜きがびっしり。切り抜きの横に書き足されたクミさんの言葉を読むと、痛切な思いが迫ってくる。
その後、クミさんは署名活動や外相への申し入れなどにも取り組み、後押しする世論も高まったが、結局、修学旅行を諦めた。「当時は自殺も考えた。今も涙が止まらない時がある」と心境を話してくれた。
大学を卒業して介護福祉士の道に進んだクミさん。取材時に見せてもらった彼女の介護福祉士の合格証には、「本籍地なし」と明記されている。将来、結婚の夢を描くクミさんは「今のままでは子も無戸籍になってしまう」と不安を口にした。
長く無戸籍問題を取材してきたフリージャーナリストの秋山千佳さんは「日本では近年、無戸籍となる子どもは毎年500人以上で推移している」と語る。「大人を含めると数千人は存在する」と指摘する識者もいる。
出生届を出さない理由は人によってさまざまだが、その最大の要因はDV(配偶者などからの暴力)と離婚・再婚の増加にあるとされる。前夫の子になるのを避けるため出生届を出せない事例が多い。加えて、「母親の離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」とする民法772条の規定が問題を複雑にしている。本来は、子どもの保護の観点から父親をはっきりさせるために作られた推定規定なのだが、かえって女性や子どもを苦しめる事態を招いている。
無戸籍者を支援するNPO法人「mネット・民法改正情報ネットワーク」の坂本洋子理事長は、「ライフスタイルが多様化する中、明治時代にできた民法772条の規定は多くの女性を苦しめている。即刻改めるべきだ」と強調する。
こうした問題を受け、今年3月には公明党の大口善徳衆院議員らが呼び掛け人となって超党派の「無戸籍問題を考える議員連盟」が発足。法務省も無戸籍者の解消に取り組む専門チームを5月に立ち上げた。
7月には、同議連のメンバーが法務省を訪れ、上川陽子法相に対して無戸籍解消に関する緊急の申し入れを実施した。無戸籍者の早急な実態把握と民法規定の見直しを含む実質的な救済策が求められている。