eコラム「北斗七星」

  • 2017.04.10
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年4月8日(土)付



<さまざまの事おもひ出す桜かな>芭蕉。別れと出会いの季節。いろいろな場面の中でも学校の先生とのそれは、人生の節目とともにあるだけに、ひときわ色濃く思い出に刻まれている気がする◆新聞紙上でも時々、先生との良き思い出を語る企画が登場する。かつて目にした記事の切り抜きが手元にある(2005年、12年の読売新聞)。経済アナリストの森永卓郎さん、ゴスペル歌手の亀渕友香さんのものだ◆森永さんのは、小学6年時の女性担任の話。帰国子女で日本語がしゃべれず勉強ができなかった森永少年。2学期の通信簿の理科に「5」が。「間違い?」と思って言いに行くと、先生はニコッと笑って「小学校の記念よ」◆亀渕さんのは、中学生時の図工の先生の話。担任でもないのに、明るかったり沈んだりする彼女をある日、屋上に呼び出して次のように語る。「亀渕、人生とは屈折したものなんだ」「失望は何度かある。だが、絶望はしちゃいかんぞ」◆二人はそれぞれ当時を振り返り、「グレても不思議でなかった子をやる気にさせてくれた」(森永)、「私を見つめていてくれた先生(略)。私が迷っているのを見抜いていたのでしょう」(亀渕)◆新学期。どんなすてきな先生と出会えるか。期待に胸を膨らませながら新たな一歩を踏み出したい。(六)

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