eコラム「北斗七星」

  • 2017.06.05
  • 情勢/社会

公明新聞:2017年6月5日(月)付



先月末で終了した『修羅の都』で伊東潤さんは、平家を滅ぼし鎌倉幕府を開いた源頼朝の晩年を認知症として描き、ついには女房の政子らに毒を盛られ世を去る、寂しき将軍に見せることに結構な字数を割いた◆病に至る伏線は、日常の憂いや不安から逃れるためとして、幾度となく書き込まれた相模湾の海辺を馬で疾走するシーンだった。死の恐怖と対峙する孤独な権力者の姿がそこにあった◆今月から始まった西條奈加さんが描く小説『隠居すごろく』も、時代や舞台は違えどテーマは孤独に陥りがちな老人にあるようだ。江戸時代、嶋屋という六代続いた糸問屋の主人・徳兵衛が突然、「店を悴に継がせる」と隠居宣言したところから物語は始まった◆しかし、隠居宣言を聞いた家族や番頭の半分が「さして驚いた風情を見せなかった」ことで、長年にわたり店を仕切ってきた徳兵衛には当然不満が残る。ここらあたりに、家族や店の中に、何やら冷たい空気が流れていたことを予感させる◆気楽な老後を思い描き隠居した主人公。けれど物語は安穏とはほど遠いものに展開していくことになりそうだ。話は始まったばかりだが、ともあれ『隠居すごろく』は、男性の老後の生き方の難しさを教えてくれそうだ。教科書代わりに、ご夫婦でぜひご一読願いたい。(流)

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