eコラム「北斗七星」
- 2017.08.14
- 情勢/社会
公明新聞:2017年8月11日(金)付
津波で妻子を亡くした男が、1年ほど後、夏の月夜に妻のまぼろしと出会う。妻は、結婚前に心を通わせていた、同じ津波で死んだ男となぎさを歩いていた。<今は此人と夫婦になりてあり>という妻に<子供は可愛くは無いのか>と問い返すと、顔色を変えて泣き出す。そして、妻は男と去っていった。柳田国男の『遠野物語』の第99話である◆主人公の男性は、岩手県山田町に婿入りし、明治三陸地震津波(1896年)に遭った。この話は、幽霊譚とされてきたが、災害死に直面した悲しみを語る「心の物語」として、読み直されている◆東日本大震災の被災地でも"不思議な現象"の目撃談が後を絶たないという。夏なのに冬服姿の若い人を乗せて会話した......。宮城県石巻市で、東北学院大学の学生がタクシー運転手に聞き取り調査した卒業論文が以前、注目された。突然、震災で命を奪われた人の「無念の想い」を運転手が「畏敬の心」で受け止めて起きた現象ではないかと論じたものだ◆「霊でも夢でもいいから、亡き人の存在を感じたい。それが愛する者を失った痛みへの対処法かもしれない」。学生を指導した同大の金菱清教授は語っていた◆きょうは震災から6年5カ月。あの日から時が止まったままの人もいる。被災地を思い心を寄せる一日としたい。(川)