e郷土の復興 葡萄に託して
- 2017.09.11
- 情勢/解説
公明新聞:2017年9月10日(日)付
あす東日本大震災6年半
あす11日、東日本大震災から6年半の節目を迎える。岩手、宮城、福島の被災3県で復興へ向けた取り組みが進む中、新たな"なりわい"としてワイン造りが脚光を浴びている。郷土の復興への願いを葡萄に託し、挑戦を続ける人々を追った。(東日本大震災取材班)
岩手発・釜石ワイン
農福連携で障がい者支援
「きょうも畑仕事がんばったね」―。青空の下、農作業を終え、和やかに談笑する障がい者たちの姿があった。
そこは、岩手県釜石市甲子町のブドウ園「あまほらヴィンヤード」。2014年4月、NPO法人「遠野まごころネット」が被災地の障がい者をワイン用ブドウの栽培で就労支援する"農福連携"の試みとして、20アールの荒れ地を開墾した。
現在、8種1000本のブドウ樹を育て、長野県でワインを醸造。「三陸の海の幸に合う、やや辛口な味わいが特徴。多くの人に"復興の味"を届けたい」と、同法人の小谷雄介副理事長は力を込める。
収穫期の今年10月には「醸造所」が完成。また、園地の隣に「障がい者就労支援センター」も整備される。来年5月には、栽培から醸造まで一貫して行う「釜石ワイン」の出荷をめざす。
「ブドウとともに成長していく」。小谷さんたちの描く復興とは、"障がい者が一人も取り残されないこと"である。
宮城発・秋保ワイナリー
"食"で地域の魅力醸す
「ワインには、あらゆる産業をつなげる力がある」。株式会社仙台秋保醸造所で代表取締役を務める毛利親房さんはこう確信する。もともとは建築家。あの大震災が人生を大きく変えた。ボランティアで復興に携わる中、「新たな地域活性化の核になる」とワイン造りの世界へ飛び込んだ。
それからは試行錯誤が続く。まさに"畑違い"のブドウ栽培には苦戦を強いられた。震災後3年かけて宮城県内初の醸造所をオープン。以来、宮城の食材とのマリアージュ(組み合わせ)が際立つ、ブドウやリンゴのワイン造りに奔走してきた。今年8月、国際的なワインの審査会で、県内のリンゴで醸造した「秋保産」のシードル(スパークリングワイン)が見事に銀賞と銅賞に輝いた。
毛利さんは、食や人、文化など宮城の魅力を絡めて情報発信する事業にも着手。訪日外国人客(インバウンド)を呼び込む自信にあふれる。「被災地の復興をワインで支えたい」。震災当時の決意は今も全くぶれていない。
福島発・かわうちワイン
東京五輪での本格出荷へ
標高700メートル、福島県川内村の山道を車で上ると、斜面一面にブドウ畑が広がる。「ここなら世界で指折りのブドウ栽培ができる」。今年8月1日に発足した「かわうちワイン株式会社」の髙木亨代表取締役は、こう熱弁をふるう。
東京電力福島第1原発事故で全村避難した川内村は、現在、震災前の人口の7割が帰村している。その村民たちが今、村の新しい特産品として期待を寄せているのが「かわうちワイン」だ。
3ヘクタールのブドウ畑は、シャルドネ、メルローなど3種1万本が栽培され、来年には2万本に増やすという。
「長いものでは100年、ブドウが実る。復興への思いを未来へつなぎたい」と意気込む髙木さん。その傍らでは二人三脚で栽培に従事し、震災後に川内村へ移住した横田克幸さんが笑みを浮かべた。「この村は第二の故郷。人生を懸けて貢献したい」
めざすは20年の東京五輪・パラリンピックに合わせた本格出荷だ。髙木さんたちの眼に熱がこもる。「ワインを"なりわい"として確立することで、村の子どもたちに夢を贈りたい」
取材後記
被災地に芽吹く新産業
取材先で「テロワール」という言葉をよく耳にした。フランス語で「大地」を意味し、ワインにおいては、気候や風土などブドウが育つ自然環境を指す。
「この土地でしか造れないワインを醸し、この土地をよみがえらせる」。被災地でのワイン生産に挑む人たちは、意気込みを「テロワール」との言葉に込めていた。さらに大切なのは、「人とのマリアージュ」だという。
実際、福祉や建築といった異業種、県外から来た人と、その地に生きる人の「マリアージュ」によって、これまで被災地になかった新産業が芽吹き始めた。これはワインだけに限らない。農林水産業や商工業、観光の創造的復興を加速するために産学官の一層の連携が必要だ。
3.11から6年半、住宅や雇用の状況は改善傾向にあるが、いまだ8万7000人が避難生活を余儀なくされている。誰もが"なりわい"を、日常を取り戻すまで寄り添い続けたい、との思いを強くした。