eコラム「北斗七星」

  • 2018.04.10
  • 情勢/社会

公明新聞:2018年4月10日(火)付



「初心に返れ」。新人を迎える季節になると、かつてこの言葉を繰り返したたき込んでくれた先輩のこととともに、戦後落語界の名人の一人・桂文楽のことを思い出す◆高座前に必ず演目のおさらいをしていた文楽だが、その日は前日に別会場で同一演目を演じていたことから、これをしなかった。そして高座に上がって噺を進めるうち、せりふを忘れ、突然絶句してしまう◆「申し訳ありません。勉強をし直してまいります」と高座を降りた文楽。以降、再び高座に上がることはなかった。「何十回、何百回と演じた得意芸でも、健康をそこねたり、老齢化してくると、ド忘れという恐ろしい病に見舞われる」◆こう指摘する元NHKアナウンサーの山川静夫さんは「噺の道筋を見失い、高座で立往生した無念さは、いかばかりであったろうか。その胸中、察するにあまりある」としのぶ(『名手名言』文藝春秋)◆そして「噺家の味方は、扇子と手拭いだけです。それで客にうけなかったら自分が悪い」という文楽の言葉を引き、卓抜せる話芸も「実にきびしく自分を律していた心がまえの問題だった」とたたえる◆<初々しさが大切なの/人に対しても世の中に対しても>。詩人・茨木のり子さんの言葉。若葉が目にさわやかな季節。初々しい心で日々挑戦したい。(六)

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