e変わる刑事司法

  • 2018.05.02
  • 情勢/解説
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公明新聞:2018年5月2日(水)付



6月から合意制度(司法取引)スタート
証拠収集手段の適正化・多様化めざす



組織的犯罪の背後に潜む首謀者などの刑事責任を追及するため、容疑者が首謀者の関与を供述して捜査に協力した場合、容疑者の罪を軽くする「証拠収集等への協力および訴追に関する合意制度」が6月から始まる。合意制度は日本になかった"司法取引"を参考にした制度であり、刑事司法は新時代を迎える。合意制度(司法取引)は2016年に成立し、19年に全面施行される改正刑事訴訟法で規定されており、先行実施となる。合意制度の概要を解説し、変わる刑事司法の意義と課題を公明党法務部会長の国重徹衆院議員に聞いた。


"取引"の目的は

組織的な犯罪に対し首謀者の責任を追及

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合意制度の6月開始を前に"司法取引"を思わすようなニュースがあった。

3月、リニア中央新幹線の建設談合事件で東京地検特捜部は、容疑を認めたゼネコン(総合建設業者)幹部を不正があったと判断しながらも起訴猶予とする一方、否認した者は起訴した。

容疑者が自分の罪を軽くしてもらうために他人の罪を明かす"司法取引"は日本にはない。この事件では、検察が持つ裁量によって起訴猶予にされた。今回、合意制度が創設されたことで、証拠収集に協力するかどうかについて弁護側と検察側が"取引"する道が開かれる。

ただし、合意制度はどのような犯罪にも適用されるわけではない。一定の財政経済関係犯罪、薬物銃器犯罪などに限られる。こうした犯罪は組織的に行われることが通常であり、背後にいる首謀者の刑事責任を追及することは非常に困難であるからだ。

そこで、組織的犯罪の「上位者・背後者」の関与を含む事件の全容解明のため、容疑者・被告人が首謀者の犯罪について知っていることを供述したり、その証拠物を提出するなど捜査に協力した場合、容疑者・被告人本人の起訴を見送ったり、取り消したりすることができるようにした。

この供述が裏付け捜査によって事実と分かれば、検察が犯罪を指示した上司などの首謀者の捜査をすることになる。

合意制度が円滑に運用されると、組織的犯罪の全容解明に協力する容疑者が増えると想定される。合意制度が証拠収集手段の適正化・多様化に貢献することが期待される。


冤罪を生む恐れは


どうかを厳格に捜査


組織的犯罪の捜査に効果が期待される一方で、合意制度には、容疑者・被告人が自己保身のために「上司の指示を受けた」とウソの供述をして他人を引き込む恐れがある。

こうした懸念が生じる理由は、合意制度が自己の罪状を正直に供述することで刑を軽くしてもらう自己負罪型の"司法取引"ではなく、他人の犯罪について供述する捜査・公判協力型と呼ばれる制度を採用したためである。

捜査・公判協力型の司法取引で冤罪が発生した事例が米国にあるとして、国会審議では野党議員から「冤罪続出法案」との批判もあった。

そうならないために、合意制度には冤罪防止のための対策が施されている。

まず、合意が成立するまでの協議の過程には、必ず弁護人が関与し、まとまった合意は書面にされ、検察官、容疑者・被告人、弁護人の3者が署名しなければならない。

次に、合意に基づき首謀者の犯罪について明かした供述が、その首謀者の公判で証拠として用いられるときは、合意内容が裁判所で必ず公開される。そこでは、合意に基づいた供述の信用性が徹底して調べられるため、十分な裏付け証拠がないような供述は、そもそも裁判で使うことができない。

さらに、合意内容がウソであれば処罰されるなど、厳格なルールとなっている。


検察が悪用しないか


容疑者の申し入れだけで協議始めず


日本の刑事司法は、捜査では取り調べに、公判では供述調書に過度に頼ってきた。そのため、合意制度に冤罪防止の制度があっても、検察官が合意を悪用して容疑者・被告人に無理な供述を迫る恐れがあるとの批判もある。

これに対し、最高検察庁は3月、合意制度の詳細な運用方針をまとめ全国の検察に通達した。

まず、容疑者・被告人からの申し入れだけでは合意制度の協議には入らず、検察官か弁護人の申し入れに基づいて行うことにした。その上で、弁護人から捜査協力の内容が示されることが一般的だとして、検察官は弁護人から協力内容をよく聞いてから協議をするかどうかを判断する。

もし、合意の協議が決裂した場合、協議中に得た証拠を裁判で使うと検察の姿勢に不信感を持たれる。そのため、その証拠は基本的に裁判では使わないこととされた。


国重徹・党法務部会長に聞く


検察不信が改革の起点。適正な運用へ監視必要


――改正刑事訴訟法は新時代の刑事司法を開くことができるか。


国重徹部会長 改正論議の発端は、重大な冤罪事件が相次いだことだ。

主な原因は捜査当局による自白の強要だ。また、村木厚子元厚生労働省局長が2010年に無罪判決を受けた郵便不正事件では、大阪地検特捜部による証拠隠滅、犯人隠避まであった。こうした検察不信が今回の改革の起点であることを忘れてはならない。取り調べの可視化は、信頼回復に欠かせない制度だ。


――その一方で検察に有利な合意制度もできた。


国重 これまで、組織的犯罪の首謀者を解明しようにも有効な手法がなかった。合意制度はあくまで組織的犯罪の全容解明に必要な範囲で実施される。

検察は可視化に応じながら、合意制度という証拠収集の新たな手段を獲得したので「焼け太りだ」との批判も国会審議であった。合意制度が不正に利用されないよう改正法は歯止めをかけているが、検察が現場で適切な運用をしているかどうか、しっかり注視する必要がある。

最高検察庁は3月、合意をするために必要な協議を開始する場合、地検はあらかじめ高検、最高検に報告するよう求める通達を出し、また、合意に基づく供述は裏付け捜査をして「その信用性を徹底して吟味すべき」などとする運用方針も示した。運用方針が守られるよう監視していきたい。


<メモ> 改正刑事訴訟法


2016年成立の改正刑事訴訟法の主な内容は次の通り。


(1)身柄を拘束された容疑者の取り調べの全過程を録音・録画する「取り調べの可視化」を導入。可視化されるのは、裁判員裁判の対象事件と検察官の独自捜査事件。


(2)新たな証拠収集手段として「合意制度」(司法取引)を創設。


(3)薬物や銃器犯罪など4分野の捜査に限られていた通信傍受を、組織性が疑われる殺人や傷害、詐欺などの捜査にも拡大。


(4)勾留(捜査段階での身柄拘束)された容疑者に弁護士をつける被疑者国選弁護人制度の対象を拡大。


(5)検察が保管する証拠の一覧表を被告人、弁護人に交付する証拠開示制度を拡充。


(6)証人を保護するため氏名などを被告人に知らせない証人保護制度を創設。


(1)(4)(5)は容疑者・被告人の権利を守るためであり、(2)(3)(6)は、証拠収集手段の適正化・多様化を目的としている。

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