eコラム「北斗七星」

  • 2018.08.22
  • 情勢/社会
2018年8月22日


幼い頃、迷子になったことがある。1969年8月18日、愛媛県松山市の海水浴場。姉はテレビに釘付けだった。「街が止まった」と言われたほど、市内の様子はふだんと違ったらしい◆後に知ったが、甲子園では松山商業(愛媛)と三沢(青森)の決勝戦が行われていた。ゼロが36個並び、テレビ観戦者がつぶやいたという。「良かった、どっちも負けなかった」◆延長18回引き分け、再試合。球史に残る熱投を演じた井上明(松山商)、太田幸司(三沢)の両元投手がきのう、始球式に登場した。49年ぶりに2人が同じマウンドに立ち、歴史的な第100回記念大会決勝戦の開幕を告げた◆きのうの秋田は、街どころか、全県が止まっていたのではないか。地元の秋田朝日放送は、初めて秋田県勢の決勝戦を生中継した。東北に初の優勝旗を持ち帰ることはできなかったが、不祥事が相次ぐスポーツ界の暗雲を吹き払うような金足農業ナインの清々しいプレーに、日本中が元気と勇気をもらった◆2ランスクイズのサヨナラ勝ちを、体をそらせて全力で校歌を歌う姿を、心の印画紙に焼き付けながら、桂小五郎が詠んだ句を思い出した。<世の中は桜の下の相撲かな>。勝った者には見えず、仰向けに倒れた者だけが花を見ると。さぞや、見事な花が見えたに違いあるまい。(也)

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